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城下町と温泉街

古き良き町並み

碁盤の目の城下町・出石と、柳並木と外湯が織りなす城崎温泉。成り立ちも景観もまったく異なる二つの町並みを、歩く視点で紹介します。

「但馬の小京都」

出石城下町を歩く

出石の町並みは、文化7年(1810年)の絵図にほぼ忠実に残る町割りのうえに、明治9年(1876年)の 大火後に再建された町家・寺院が建ち並ぶという、独特の重なりを持っています。碁盤の目状に区画 された通りを歩くと、シンボルの辰鼓楼を中心に、家老屋敷、旧出石郡役所庁舎、芝居小屋の出石 永楽館など、時代の異なる建物が同じ町割りの中に共存している様子がよくわかります。

この景観は昭和62年(1987年)に兵庫県の景観形成地区に指定され、平成19年(2007年)には 国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。「但馬の小京都」と呼ばれるのも、こうした 計画的な町割りと、寺町・武家地・町人地が明確に分かれた城下町らしい構成によるものです。

開湯1300年と伝わる湯の町

城崎温泉、外湯めぐりと柳並木

城崎温泉は「開湯1300年」を謳う古湯で、道智上人による開湯伝説が伝わります。この温泉街の 最大の特徴は、宿泊客が浴衣姿で町なかの外湯(共同浴場)を巡って歩く「外湯めぐり」の文化です。 各旅館には内湯を設けず、あるいは小規模にとどめ、宿泊客を外湯へ送り出すという運営スタイルが 伝統的に守られてきました。これにより、旅館の建物だけでなく、外湯と外湯を結ぶ通りそのものが 温泉地の景観の主役になっています。

その通りを特徴づけるのが、大谿川(おおたにがわ)沿いに続く柳並木です。柳の緑と、川に架かる 太鼓橋、そして格子戸の旅館が織りなす景観は、夜になると提灯の灯りに照らされ、多くの写真や 映像で紹介される城崎温泉の象徴的な風景となっています。

文学のまち、城崎
城崎温泉は文豪・志賀直哉が療養のため長期滞在し、随筆「城の崎にて」を執筆した地としても 知られます。このほかにも多くの文人が城崎を訪れ作品を残しており、「文学のまち」としての 顔も持っています。

二つの町並みを比べる

城下町と温泉町、それぞれの論理

出石の町並みが「藩の統治」という論理で計画的に区画されたのに対し、城崎温泉の町並みは 「外湯を中心に人が回遊する」という温泉地特有の論理で発達してきました。同じ豊岡市内にありながら、 まったく異なる成り立ちを持つ二つの町並みが、直線距離にしてそれほど遠くない場所に共存している ことも、旧5町が合併して生まれた現在の豊岡市らしい特徴といえます。

写真で見る

二つの町並み

出石城下町の通りと辰鼓楼の町並み
出石城下町の通り出石町内
夜の大谿川沿いに灯る柳並木と温泉旅館の明かり
城崎温泉の夜景大谿川沿い
出石永楽館の内部、桟敷席が並ぶ芝居小屋
出石永楽館の内部出石町内