豊岡ヒストリア|兵庫県豊岡市 歴史・アート・食
夕暮れの円山川と城崎温泉の町並みの上を舞う一羽のコウノトリ、遠景に出石の辰鼓楼を描いたイラスト

兵庫県豊岡市 歴史・アート・食 情報ポータル

コウノトリが選んだ町、
豊岡という時間。

但馬の小さな城下町・出石には仙石氏が持ち込んだそばの文化が根付き、柳の産地は世界的な鞄産業に育ち、 一度は日本の空から消えたコウノトリは、この土地の人々の手でよみがえりました。 城崎温泉の湯けむりの向こうでは、演劇のまちづくりが静かに進んでいます。 観光ガイドには載りきらない、豊岡の「なぜ」を、歴史・アート・食の三本柱で集めました。

コウノトリ物語を読む 出石城下町を読む

豊岡を読み解く、三つの軸

歴史・アート・食、三つの但馬。

2005年に1市5町が合併して生まれた現在の豊岡市は、出石・城崎温泉・竹野・日高(神鍋)・但東という まったく個性の異なる地域が一つになった町です。その広さの分だけ、この土地には語るべきものが幾重にも 積み重なっています。一つは、山名氏の但馬支配から出石城下町、仙石騒動へと続く「歴史」。一つは、 城崎国際アートセンターと豊岡演劇祭が世界から俳優を呼び込む「アート」。そしてもう一つは、 杞柳細工から生まれた豊岡鞄と、出石そば・但馬牛・日本海の幸が織りなす「食」。 このサイトでは、この三つを軸に、コウノトリという土地の象徴とともにたどっていきます。

サイトを歩く

八つの部屋

それぞれ独立して読めます。興味のあるところから、どうぞ。

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豊岡の風景、いくつか

実写真は準備中のため、現在はプレースホルダー表示です。各写真は関連するページへのリンクになっています。

概観

豊岡、駆け足の年表

詳しい物語は各ページで。ここでは全体の流れだけを。

室町期

山名氏、但馬守護として「六分の一殿」に

山名時氏・宗全の代に全国66か国のうち11か国の守護を兼ねるまでに勢力を広げるが、応仁の乱を経て衰退する。

1580

羽柴秀吉の但馬攻めで有子山城が落城

山名祐豊が籠る有子山城が攻略され、名門・山名氏は但馬における支配を終える。

1604

出石城 築城、城下町の町割りが定まる

小出吉英が有子山麓に平城の出石城を築城。以後、仙石氏の時代を経て今日の町並みの原型となる。

1706

仙石政明の国替えと出石そばの伝来

信濃国上田藩から移封された仙石政明が信州そば職人を連れてきたことが、出石そばのはじまりと伝わる。

1971

日本の空からコウノトリが姿を消す

生息地の減少と農薬の影響により、国内最後の野生コウノトリが豊岡で息絶える。

2005

1市5町が合併し現在の豊岡市が誕生、コウノトリ放鳥

豊岡市・城崎町・竹野町・日高町・出石町・但東町が合併。同年、コウノトリの試験放鳥が始まる。

2014

城崎国際アートセンター 開館

廃校となった県立城崎大会議館を改修し、舞台芸術に特化したアーティスト・イン・レジデンス施設として開館。

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